☆300円の牛丼を奢れない、32歳の男
さて、裏垢女子として、一つ書き足して置くとするならば。
様々な男と過ごしてきたこの約15年の間、常に特定の一人と「片思い」ないしは「交際」していた。
14歳からは、神の使いこと王子をただひたすら思っていた。
そしてその想いに被せるように、彼氏がいた。
王子を完全に振り切ってから、さらに一人。そして今、一人。
なので、これから先書いていく色々な話は、
「あれ?彼氏いなかったけ?」と言った疑問だらけになるかもしれないけれど、目を瞑っていて欲しい。
15歳になろうとしている、高校1年に上がったばかりの時。
学生生活も安定してきた最中、わたしは大学受験を見据えて予備校に通うことになった。
そこは大手の予備校ではなくて、チューターと呼ばれる大学生が6名、常勤講師が5名、そして生徒は各学年で20人程度しかいない、1校だけの小さなビルのワンフロアにある予備校だった。
そこに、非常勤講師として国語・小論文を受け持つ32歳の男がいた。
当時で、17歳上の彼はとても大人で、スマートで、「同年代の男が子供っぽく見える女子高生」の典型的な気持ちだった。
小論文の添削を受けていないわたしは、彼の講座を受講することがない。
だからこれと言った接点はなかったのだけれど、ある日彼がヘミングウェイの「誰がために鐘はなる」を持っていることに気が付いた。
古い作品に興味をもって、少しづつ色々なものに手をつけ始めていたわたしは、彼に声をかけた。
「先生、ヘミングウェイ好きなんですか?」
彼は自分の卒業した大学で准教授をしながら、予備校でアルバイトをしていた。
大学の授業で使うから、今読み直してていたんだ、とそう言った。
ヘミングウェイは読んだことがなかった。
だからその時、興味があるなら貸そうか?と言った彼に、ぜひお願いしますと返した。
はじめてわたしたちは、お互いの名前を認識した。
それから、度々彼と小説の話をした。
予備校の非常階段の踊り場で、人目を避けるように密会する。
スーツの上から羽織っていた白衣のようなもの(あれなんて言うんだろう)のポケットには、いつもセブンスターが入っていて、先生から借りた本の感想を言うわたしを、いつも煙草をふかしながら優しげな笑顔で見つめてくれた。
あの時の優越感は今でも覚えている。
みんなが先生、と言って一線を引く彼と、密かに関係を持っているわたし。
なんとも言いがたい気持ちは、まだうら若きわたしをマセさせるには十分なものだった。
とある春の終わり、先生と密会を重ねるようになって、1ヶ月ほど過ぎた頃。
いつものように小説を返すために踊り場へ行くと、その時既に先生が来ていた。
彼のほうが先にいることは、稀だった。
20分の休憩時間の間に、だいたいわたしが先につき、ある程度片付けをした5分後くらいに先生はやってくる。
そこから5分前に、授業の準備に向かってしまうので、密会の時間は10分もない。
先生が先に来ていると言うことは、5分でも会える時間が伸びると言うことで、わたしはそれに喜んだ。
その日は少し暑くなって来た時で、わたしは制服のリボンをしていなかった。
「今日はリボン、してないんだね」
「そうなんです、少し暑くって」
「いつもより、ボタンが一つ多く空いてるね」
もう短くなったタバコを灰皿で潰して、先生はその手をわたしの襟元に伸ばした。
「肌が白くて、綺麗」
先生の手から、少し煙草の香りがした。
それはまるで媚薬みたいに、わたしの鼻先から脳天へ抜けいていき、目の前の先生の姿周りが、チカチカした。
その輪郭がぼんやりと、少し輝いて見えた時、もっとちゃんと先生の顔を捉えたくて大きく目を瞑った。
一つ瞬きをして、もう一度開けた時。
そこに光はもうなくて、少しだけ熱い息と、唇への温もりを感じた。
1秒にも、1分にも、1時間にも感じたその時間はとても甘美だった。
ふと冷気が通過して、一度離れた唇と、まっすぐにこちらを見つめる瞳。
再び近づいた唇は、さらに熱を帯びていた。
何度キスをしただろう。求められるがまま、何度もキスをした。
先生が去って行ったあとも、残されたわたしはキスの余韻に囚われて、その場から動けない。
消しきれていない煙草の煙が、わたしをさらに高ぶらせた。
その日から、密会のための踊り場は、キスをする場所になった。
おしゃべりの回数は格段に減ったと思う。
喋るよりも、先生の唇に触れたくて、早くなる自分の鼓動を聞きたかった。
唇ごと食べられてしまいそうなキスも、おしゃべりをしながら軽く触れるキスも、どれもとても、甘いものだった。
その関係が終了したのは、3ヶ月後くらいだっただろうか。
先生はキスが終わったあと、つまり授業の準備に行く時間になった時、こう言った。
「今日は次で終わりだから、一緒にご飯食べようか」
はじめてのデートのお誘いに、有頂天になった。
「わたしはもう自習だけだから、時間になったら角のコンビニで待ってるね」
自習が手につくはずはなかった。
と言うよりも、先生とはじめてキスをしてから、予備校に来ても勉強は全くはかどらなかった。
毎回休み時間が来るのが待ち遠しくて、ただ参考書を眺めながら座っているだけ。
それでも時間はわたしの期待と反して、ゆっくりと過ぎていった。
落ち着かないわたしは、時間よりも少し早く予備校をでて、コンビニへ向かった。
15分ほど、待っただろうか。
スーツ姿の男性が、わたしの元に向かって来る姿を見るだけで興奮した。
今だったら、もう濡れまくっていたと思う。
「待たせてごめんね、お腹すいたね」
先生はわたしの横に並んで、迷うことなく進み始めた。
きっといきたいところはもうすでに決まっているのだろう。わたしはどこへ向かうのか、ワクワクする気持ちが止められなかった。
先生が足を止めたのは、牛丼屋の前だった。
オレンジに輝く看板と、嬉しそうに入って行く先生が今でも忘れられない。
繁華街の牛丼屋は、21時ごろという時間のせいか、人が少なかった。
食券機の前で、食べたことある?俺は何にしようかな〜と呟く先生の周りから、これまで見えていたはずのモヤのような輝きが、消えて行くのを感じた。
「どれにする?」
食券機を見せながら、先生はがわたしに決定を促す先で、5000という数字が入金したことを表している。
「普通の、並盛りにしようかな...」
牛丼屋にがっかり感を隠せない15歳を、許してほしいと思う。
今でこそ、一人でもデートでもよく利用させていただくけれど、大人の男に幻想を抱いていたわたしに、これはかなりきついパンチだった。
彼氏が友達に寝取られたよりもきつい。
追い討ちをかけるような出来事は続く。
「普通のでいいの?ネギとかつけたらいいのに〜」
先生は先にボタンを押した。二度押したから、多分付け合わせの何かを注文したのだと思う。
これは牛丼屋に寄るのだろうけれど、そのお店は、まだ何かを購入できる金額が入金されていると、自動的にお釣りが出ないシステムになっている。
二回ボタンを押せたのだから、多分そういうことだっただろう。
先生の少し後ろから、力なく並盛りのボタンに手を伸ばそうとした。
その時、きっと彼はこちらの動きには気がついていなかった。
わたしが彼よりも先のその場所へ手を伸ばしかけた時、無情にもビー!ジャラジャラジャラ...と音が響く。
釣り銭ボタンを、押してしまったのだ。
「あ、ボックス席空いてるね。ラッキー!先座ってるね」
そう言って進んで行くスーツ姿に、もはや輝きは一つもなかった。
スーツを着ている男と、制服を着ている女。
自己評価をどれだけ低くしても、絶対に一回りは違うように見えたはずだ。
カウンター席から、ちらりとこちら見つける大学生の表情が、わたしに哀れみを向けている気がした。
けれどもわたしはとても図太く、かつ感情回路が変な方向に曲がっているので、その時はどちらかというと「奢ってもらえると思い込んでいた自分」が恥ずかしくなった。
急いでお財布を出して、300円の牛丼券を買い、席へと急ぐ。
一緒に注文を出して、牛丼を待った。
まだこのお店に入る前であれば、きっと話なんて一つもしなくても、先生の顔を見ているだけであっという間に時間が過ぎただろう。
でもこの時のわたしは、なぜだか言葉に詰まってしまった。 話したいことが一つも見つからず戸惑っている時、小説を読み終わったことを思い出した。
「ヘミングウェイ、読み終わったので返しますね」
これを書いている現時点までで、実は何回か読んでいるのだけれど、当時のわたしには、これは少し難しく、そして恋愛小説というイメージしか持てていない。
ファシズムものことも戦争のことも、イマイチ理解できていなかったと思う。
「こんな恋愛がしたいかと言われると、わたしには辛くて難しそうです」
先生は、この話を読んでどんな風に思ったのだろう。
大人の男性といい存在への期待感をまだなくせずにいたのかもしれない。
もっともっと、子供のわたしには到底思いつかないような見解が返ってくることを期待していた。
彼は言った。
「恋愛には、困難がつきものだよ。まだまだわかってないなあ」
「タイトルにもあるでしょう。ダレが為に鐘は鳴る。自分のためなのか、他の誰かのためなのか、それを考えさせる小説だよね」
このやりとりが、牛丼屋で失ってしまった輝きを取り戻すことはおろか、決定的に先生の周りを黒で塗りつぶしてしまった。
運ばれて来た牛丼を、ただ黙って食べ終えて、ごちそうさまです、また来週予備校で会いましょう。そう言って、牛丼屋を出た。
牛丼屋から駅に向かう途中、歩道橋を渡る。
何十段もの階段を上ると、繁華街のネオンが見渡せた。
こんなものなのかもしれない。毎日のように明るい、この街は。
誰しもがみんな明るさを求めている、だから明るいけれど、その明るさには、それ相応の熱量が必要になる。
毎日誰かがその熱量を、どこかで生み出しているから、街は明るい。
遠くのビルで、一室電気が消えるのが見えた。
その電気とともに、わたしの恋心も消えてしまった。
後日談として。
なぜわたしが先生と話して、気持ちが薄くなってしまったのかといえば、その瞬間に先生が本を読んでいないのではないかと思ったからだ。
上下巻になっているその小説を、全て読み、またさらに授業で使うと言っている人にしては、その返しが薄っぺらくて、笑いをこらえるほどだった。
この小説は諸説あるだろうけれども、ざっくり言えば、「ファシズムと、反ファシズム」「戦争と兵隊」「男と女」そんな色々な対立や環境の中で、
その2巻に渡る壮絶な話を「困難」という一言にまとめたことが、納得がいかなかった。
先生はわたしにわかりやすいように噛み砕いたのかもしれないとも思ったけれど、それにしてもあんなキスをしておいて、こんな子供扱いされることへも、納得がいかなかった。
いずれにせよ、幻滅してしまい、燃え上がる炎が一瞬で鎮火してしまったのだから、致し方ない。
そもそもこれは、「ダレが為に鐘は鳴る」ではない。「タが為に鐘は鳴る」だ。
さらに後日談。
王子と大親友に、報告した。
大親友は大笑いし、王子は哀しそうな顔をした。
「愛している人間以外と、旅に出てはいけない」
「それを書いたヘミングウェイに、こういう言葉がある。お前は先生に、恋をしていたわけじゃない。大人に恋する自分に、夢を見ていただけだ」
「本当に好きになった人間以外と、キスしてはいけない」
今回の王子は、いつもより厳しい顔をしていた。
「本当に好きな人と、キスしたくてもできないときはどうしたらいいの?」
「そういう時はキスはしない」
「あなたは最近いつキスをした?」
「してない」
「好きじゃなくても、キスしたくなることはあるんじゃない?」
「ない」
「じゃあ、キスをしたいと思う人はいる?」
その問いかけに、返事はなかった。
わたしはこの約2週間後、彼とキスをする。
☆いつの間にか父親になった男
齢13のとき、初めての彼氏ができた。
「好きです」「付き合ってください」という正しい通過儀礼を通してできた初めての存在だったので、わたしの中では彼が初めての彼氏という認識である。
はじめに注意しておくと、わたしの話には、同じ学校の友人はほとんど出てこない。
わたしには学校に友達が少なく、他校の友達ばかりだった。
彼はそんな他校の友達グループの中の一人で、二つ年上。
これから14歳になるわたしにとって、2つの年齢差はとても魅力的だった。
渋谷のセンター街で二人でアイスを食べるだけで自分が世界で一番幸せだと思ってしまうほど、彼氏であるその人にうっとりしていた。
彼のことが好きだったかと言われると、多分好きではなかったし
彼がわたしを好きだったかというと、きっと好きではなかったんだろう。
あの時の幸福感は、どちらかというと彼氏彼女という存在に浮かれぽんちだったがゆえのものだったと思う。
きっと、たぶん、お互いに。
夏のお誕生日を迎える時、付き合って3ヶ月目の記念日があった。
彼氏と迎える初めてのお誕生日に、浮かれぽんちが絶好調だった覚えがある。
デートのお誘い、正確に言えば、そして今にして思えば、デートのお誘いではきっとなかったんだろうが、そんな連絡が入った。
話したいことがあるから、今度の土曜日にファミレスにいこう
そんな感じだったと思う。
話したいこと、という言葉への不安要素が一切ないあたり、若さを感じる。
ただ純粋にお誕生日をお祝いしてもらえると思っていて、信じて疑わなかった。
待ち合わせのファミレスに行く前に、わたしは4回着替えた。
自分の少ない私服の中で、一番可愛く見える組み合わせを探す旅は、4日に及んでいた。
当日ギリギリまで悩み、「もしかして、はじめてキスとかしちゃうかも」と、
スキップに近いテンションで待ち合わせに向う。
このことから、いかに浮かれていたかを、今でも微笑ましく思える。
待ち合わせ場所には、なぜかわたしの友人もいた。
仮に夏帆ちゃんとする。
夏帆ちゃんは、とても可愛い同い年の女の子だった。
彼に告白された時、真っ先に報告した相手で、初めて彼氏に合わせた友人だった。
彼氏の次にメールをしていた相手でもあったかもしれない。
この後に及んでわたしは、「二人でサプライズお祝いしてくれるのかしら」と思っていた。痛い、痛すぎる!
ドリンクバーを注文して、カルピスを注いだ。
到着してから、カルピスをもって着席するまで、二人とも何も言葉を発していなかった。
脳天気なわたしは言ってしまった。
「夏帆ちゃんがいるとは思わなかった~!!」
二人の眉間が、少し動いた気がした。
まだまだ察せないわたしは、ここまでの道中であった面白いことについて、ずっと喋っていた。
どんなに地獄だったろうと思う。言いたいことが言い出せず、さらに言いたい相手がしゃべり続ける。
二人には、今でもこの察しの悪さを詫びたい。
15分くらいたったろうか、少しの沈黙が訪れた時、口を開いたのは彼だった。
「ごめん、子供が出来てしまった」
その一言は、全く理解し難い言葉だった。
小学生の頃からセックスについての知識を得ていたわたしは、子供を作るためにセックスをすることを知っていた。
でもわたしは、彼とセックスどころかキスさえもしていない。
「…え?誰の?誰と…?」
夏帆ちゃんだよ!!とひっぱたきたい。書きながら、穴があったら入りたい気持ちになるくらい恥ずかしい。
ただ俯くばかりの二人は、それきりまた言葉を発さない。
自慢の妄想力であらゆる妄想をした結果、ようやく夏帆ちゃんだと気付いたけれど、それでもまだ状況の理解が進まない。
「わたしが彼女じゃなかったっけ…?」
痛恨の一撃だったと思う。
夏帆ちゃんは今にも泣き出しそうなほど震えていた。
夏帆ちゃんとあなたも付き合っていたの?
わたしの彼氏はあなたではなかったの?
子供が出来たって、夏帆ちゃんとセックスしたの?
彼女はわたしではなかったの?
「彼女ははるだった。でも夏帆との子供が出来てしまった、別れてほしい」
よく考えれば、酷い話だ。
浮気されていて、子供まで作られて、しかもそれが自分の仲良しの友達で。
人生史上一番酷いお誕生日プレゼントだった。
でも中学生のはじめての恋愛は、きっとそこまで強い愛情がなかったのかもしれない。
状況を理解したわたしは、二人への心配へ気持ちが向いた。
夏帆ちゃんは母子家庭だった。
紹介された彼氏に一目惚れをした夏帆ちゃんが、わたしにそれを言い出せず、言えないまま見つからないようにお家デートに誘い、
母が不在なのを良いことにセックスをし、
セックスへの味を占めてしまった彼が猿へと進化し、こうなった。
本当に自業自得だとは思うけれど、なぜだかわたしは二人への怒りを持たなかった。
自分の浮かれ具合が恥ずかしくなったのもあれば、
純粋に夏帆ちゃんが好きだったからなのもあるだろう。
「結婚するの?体、大丈夫なの?まだ14じゃん、わたしたち」
彼は16だったが、いずれにせよ子を持つ年齢ではないくらい、さすがの馬鹿でもわかることだった。
結果として、わたしは失恋し、彼と夏帆ちゃんは両家の親から強い叱責を受けた。
初めての彼氏で、初めての略奪をされた。
この頃からもう歪んでたのかもしれない。
その事をもし、怒り狂い、泣けていたら、感情の回路が歪まないまま成長できたかもしれない。
今となってはもうわからないし、どうしようもないけれど、
この時強く怒りを覚えられなかったあたりから、きっと何かがおかしかったんだと思う。
わたしはいじめられっ子だった。
小学4年生から、高校1年生まで、いじめられなかった年はない。
陰口を言われ、嘘の噂を撒き散らされて、物を隠され、捨てられた。
いないものとして扱われたこともあった。
世界中の人がわたしを嫌いだと、疑心暗鬼になっていたわたしにとって、夏帆ちゃんは大切な存在だった。
他校の友達グループを、わたしはなくしたくなかった。
夏帆ちゃんに嫌われたくなかった。
友達に裏切られた、と思いたくなかった。
ここでわたしが泣けば、二人ともわたしの元を去ってしまう、それだけは避けたい。
そんな気持ちだったんじゃないかと思う。
もちろん、当時はそこまで考えが及んでいないので、
ただの阿呆に見えたかもしれない。
けれど、「一度内側だと思った人間を、何があっても嫌いになれない」という呪縛が、このとき植え付けられてしまったのだと思う。
後日談として、ふたつある。
正しい順序は何一つ踏めなかったけれど、夏帆ちゃんは出産し、時を待って入籍をした。
救われるのは、この二人が今も仲の良い夫婦として、わたしの友人であり続けてくれている事だ。
もうひとつは、神の使いの王子様に、恋をするきっかけになった出来事があったこと。
別のグループとして、王子と大親友は、既にわたしの友人だった。
初めての彼氏の話ももちろんしていたし、
浮かれぽんちに付き合ってくれていた。
わたしは、別れたことと、起きた出来事を報告した。
大親友は怒り、王子は哀しそうな顔をした。当の本人が気にしていないのだから、大丈夫だよ、そんなことを言ったと思う。
王子はこう言った。
「きっとお前は無意識のうちに我慢している。泣きたい時泣けないと、あとから辛くなるだけだぞ。辛くなった時、もうぶつける先がないと、それはお前の中で鉛として残る」
「ただ、怒りをぶつけなかったことは、そいつらにとっては救いだったかもしれない。これから幾度と怒られるだろうから」
「お前は優しいな」
わたしは泣いた。
その涙が、何をもっての涙だったのかはよくわからない。
でも暖かい何かに包まれたような気がして、ホッとしたのかもしれない。
自分のした事を褒めてもらえて、嬉しかった涙なのかもしれない。
なんでビンタのひとつもくれてやらなかったんだ。
そんなふうに周りから言われていた。あいつは馬鹿すぎると。
王子だけが、わたしの優しさが間違いではなかったと、そう言ってくれたことが、嬉しかった。
だから泣いたんだろう。
この時、わたしはきっと彼に恋をした。
消化不良の怒りが鉛として残る。
その言葉にもう少し深く意識を持っていたら、もう少しまともな人間になれたかもしれないな、とも、思うけれど。